窃盗症

[窃盗症・盗癖とは]
  「窃盗症(Kleptomania)」は、DSM-IV-TR(アメリカの精神疾患診断、統計マニュアル)では、「他のどこにも分類されない衝動制御の障害」の章に分類されています。この章に含まれる他の疾患は、間歇性爆発性障害、放火癖、病的賭博、抜毛癖、特定不能の衝動制御の障害です。「Kleptomania」の訳語として「窃盗症」あるいは「窃盗癖」が選ばれていますが,他にも,「盗癖」,「病的窃盗癖」などの訳語が可能だと思います。

 DSM-IVの診断基準は、以下の5項目から成ります。
A.個人的に用いるのでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。
B.窃盗におよぶ直前の緊張の高まり。
C.窃盗を犯すときの快感、満足、または解放感。
D.盗みは怒りまたは報復を表現するためのものでもなく、妄想または幻覚に反応したものでもない。
E.盗みは、行為障害、躁病エピソード、または反社会性人格障害ではうまく説明されない。


DSM-IV-TRの診断基準Aは、窃盗の主たる動機が、その物品の用途や経済的価値でなく、衝動制御の問題にある、という意味に許容範囲を広く理解すべきである。そもそも、物質的に恵まれた環境にある現代人が、わざわざ金銭的価値も使用価値もない物を選んで盗み、それを使用せず廃棄するということは考え難い。衝動制御の障害の結果として窃盗をする場合でも、主たる対象物は、当然見慣れた物品であることが多く、窃盗に成功して手元に残った盗品は、使用可能であれば捨てずに使用するのが自然である。盗品を使用するのは気持が悪い、というのが正常者の感覚であるかもしれないが、そのような罪悪感は、窃盗行為を繰り返し慣れるとなくなるものである。窃盗癖患者のほとんどが盗品を使用し、或いは、食するが、盗品が食品や生活用品であり個人的使用目的であるので、クレプトマニアには相当しない、とする論理はおかしい。

経験的に多くのクレプトマニアクス(病的窃盗者)は、自分がなぜ窃盗を繰り返すのか、明解に説明できない。精神病理学的にそのメカニズムを説明すると、窃盗の直前にある種の緊張の高まりを経験し、窃盗をする時にある種の満足、達成感や解放感を経験しているということになる。

クレプトマニアの患者の多くは、自分が毎回反省しながらもなぜ万引きを繰り返すのか、説明できず、問い詰められると、その場に合わせて返答をしてしまう。だから、被疑者が取り調べ段階で、万引きした商品について、食品は、自分が食べ、家族に食べさせるつもりであったとか、生活用品は、家庭で使用するつもりであったとか、話したとしても、それは単にその商品の一般的な使用法を自己の状況に合わせて述べているに過ぎず、さらに、お金を節約したかった、などという供述も、購入と窃盗の概念の違いを自己状況に合わせて周りの人に理解可能なように述べたに過ぎない。

それゆえ、クレプトマニアの診断にあたっては、盗品が食品や生活用品であるとか、患者が「金を払いたくなかった」などと述べた、というような表面的な理由によらず、なぜ、経済的余裕もあり、生来反社会的とは思えない人が、購入資金もある状況で、発覚すれば失う物が極めて大きいという危険を顧みず、敢えて窃盗行為を繰り返すのか、その真の理由を探らなければならない。

窃盗癖の研究は、精神医学の中では遅れていて、その疾患概念、輪郭は必ずしも明確ではない。例えば、窃盗癖に密接な関係があるとされるうつ病は、DSM-IV‐TRでは窃盗癖の合併症の一つとされるが、ICD-10では鑑別診断に数えられている。

なお窃盗癖の一部を精神疾患とみなすからと言って、本意見書作成者は「万引き・窃盗」の犯罪性を否定するものではない。違法薬物の乱用と依存症、違法ギャンブル常習、家庭内暴力、放火癖などには、犯罪という側面と、嗜癖性精神障害としての側面がある。有効な問題解決や予防のためには、法的取り締まりや処罰だけではなく、嗜癖治療が欠かせないというのが私たちの見解である。

 

[当クリニックにおける窃盗症治療の現状]

 窃盗症は、精神医学の中でも研究と診療が最も遅れた分野です。

窃盗症治療についてマスメディアなどを通じて知られるようになりましたが、対応できる医療機関がほとんどなく、全国から相談と診療依頼が急増しています。

日本内各地域から、窃盗症を治療できる医療機関を教えてほしいというお問い合わせが多数ありますが、当クリニック以外では群馬県渋川市にあります赤城高原ホスピタル以外に情報がありません。

各地域の精神保健福祉センターでお問い合わせください。但し、センターでも、この件に関する情報はあまりないかもしれません。

上記のような急速な状況変化のため、当方での対応が間に合わず、診療を待つ方々にはご迷惑をおかけしている状況が続いております。

 

 [司法とのつながり]
 「窃盗症(Kleptomania)」の治療では、治療と同時に、司法的配慮が欠かせません。京橋メンタルクリニックと群馬県渋川市にある赤城高原ホスピタルでは、平成22年になって、平均1ヵ月に10名以上の常習窃盗患者の初診がありますが、そのうち2割くらいは、初診時に司法判断待ちの状態です。つまり、警察、検察の呼び出し待ち、在宅取り調べ中、留置中、保釈中、起訴済み、公判中、結審間近、1審判決済み控訴予定、控訴審進行中、などです。初診時にもうすでに2回以上実刑を受けて出所してきたというような方も少なくありません。弁護士の方々との相談や共同作業も増えてきました。

[窃盗 とアルコール症,摂食障害] 

  アルコール依存症の人が飲酒欲求をコントロールできないように,病的盗癖者は,窃盗行為への衝動,欲望,誘惑に抵抗することができません。アルコール依存症と同様に窃盗癖にも嗜癖性の病気としての側面があります。抑制不能な強迫的行為,問題の否認,家族を巻込むという点では,アルコール症と同じです。実際にアルコール症と窃盗癖の両方の問題を持っている患者さんは少なくありません。ただ実際の臨床場面では,アルコール症よりも,摂食障害,とくに過食症の方で,窃盗癖を合併する方が目立つようです。

 

[行動プロセスへの嗜癖] 

  アルコールと薬物,食物摂取への嗜癖をまとめて「物質嗜癖」と呼び,病的賭博(ギャンブル癖),借金癖,窃盗癖,買物依存症,ワーカホリック(仕事中毒)などは「行動プロセス」への嗜癖,さらに恋愛依存,セックス依存,暴力的人間関係,共依存などは「人間関係」への嗜癖と呼ばれます。

 

[有病率,男女比] 

  窃盗癖はまれな疾患で,見つけられた万引者の5%以下でしかない,とDSM-IV-TRに記載されていますが,この数値は低すぎると筆者は思います。男性より女性に多いようです。ストレスの発散方法として,男性は暴力をふるう傾向があり,女性は窃盗に走る傾向があるかもしれません。一方,同じような窃盗や万引きケースでも,男性は犯罪者とみなされ刑務所に,女性は病人とみなされ病院に連れて行かれるから,女性優位という男女比は割り引いて考えるべきである,という説があります。

 

[窃盗癖関連問題] 

  窃盗癖が続くと,法律的問題,信用の失墜,対人関係の悪化,家庭崩壊,失業などのトラブルに巻込まれます。

 

【窃盗癖に合併して見られやすい精神障害】 

  気分障害(とくに,大うつ病性障害),不安障害,摂食障害(とくに,過食症),および人格障害が窃盗癖に伴ってみられることがあります。

  古くは,強迫神経症との関連が注目されました。最近では,気分障害,物質使用障害,摂食障害,発達障害との関連性が注目されています。

 

[過食症における,万引の動機] 

  どうして,摂食障害(とくに,過食症)に万引が合併しやすいか,詳しいことは分かっていません。心理機制としては,衝動制御の障害に加えて,ある種の歪んだ復讐感,むちゃ食いを自己弁護的に代償する行為(タダだから食べ吐きしてよい?どうせ吐く食べ物のためにお金を払うのはばかげている?),ある種の達成感を得るための行動,などがありうるでしょう。これらに加えて,飢餓状態における精神機能不全,しばしば合併する感情障害(うつ状態,軽躁状態,まれに躁状態),人格障害,解離症状,使用薬物(処方薬,市販薬,乱用薬物)や飲酒の影響,思春期,青年期の衝動性,社会文化的傾向などが複雑に絡み合っていると考えられます。



[万引・窃盗症の裁判と治療]

 2003年頃から、万引に関連して、警察による本人の逮捕勾留や裁判中のケース、執行猶予や実刑判決が出た方のご相談を受けることが多くなりました。そのような裁判がかかわる多くの患者さん方を治療してみて、以下のようなことに気がつきました。

  1.他の嗜癖問題と同様に、万引・窃盗癖の治療には時間がかかり、失敗がつきもの。しかし回復は可能。
  2.明らかな摂食障害や物質使用障害、うつ病などの合併が見られる場合は、そうでない場合より予後良好。
  3.治療中のスリップ(万引再犯)は、裁判進行中では最悪の事態であるが、これがかなり多い。
  4.本人とご家族が治療に積極的で、誠実に治療者の指示に従う場合は、回復率が高い。
  5.初犯であれば、専門家の治療が行なわれていることが分かれば、不起訴になる可能性が高い。
  6.治療からドロップアウトした患者の予後は極めて悪い。再犯の可能性が大。(警察から問い合わせがあるのでわかる)。
  7.執行猶予中の再犯でも、誠実に治療に取り組み、治療効果があると裁判官に認められれば、実刑を免れることがある。
  8.専門治療は、起訴前にスタートするのがベスト。専門治療と有能な弁護士の援助があれば、不起訴になることが多い。
  9.実刑判決が出た後に、治療をスタートして、控訴審でこの判決を覆すことはきわめて困難。
  10.病的な万引ケースであることが明らかである場合は、専門家の「意見書」が有効なことが多い。
  11.真に万引・窃盗癖からの回復を願うというより、主に裁判対策のために受診治療を求めているように見えるケースは予後不良。
  12.弁護士の能力、裁判官の裁量によって、判決はかなり変わりうるようにみえる。
  13.万引常習犯の私選弁護士による弁護費用は最低でも60万円以上プラス実費、100万円以上になることもある。
  14.最近、罰金刑が増えており、万引常習者の場合、高々数千円商品の万引の罰金が20-50万円。
  15.医療費やカウンセリング料は、勾留や、弁護、罰金、実刑などに費やす心理的、経済的負担に比べると安い。
  (この項目、07/12/20追加、08/10/27、08/11/11改訂)

赤城高原ホスピタルホームページ本文より一部抜粋・加筆。

またこちらから資料がダウンロードできます。

窃盗症に関するFAQ、よくある質問(専門家向け) 

    

[窃盗常習者の治療経過と治療効果] 

 窃盗常習者の治療経過と治療効果に関して,私たちの経験では,治療継続を指示した患者のうち,消息不明者を含め,7割程度が,3ヵ月以内に治療からドロップアウトし,そのほとんど(おそらく7割以上)が2年以内に再犯してしまいます。

3ヵ月以上の治療継続者でも,治療中に,3割程度が窃盗(多くは万引き)再犯します。

当クリニックの場合,治療開始後は,全ての窃盗行為の報告と,返済弁償が,治療継続の条件です。

想像では,正直な報告者は,治療に残り,いずれ回復します。不正直な患者は,多分,治療から脱落し,再犯を続け,いずれ検挙されます。

そして,1年以上治療を継続した患者の大部分が,最終的には窃盗を止めます。

治療中の万引き再犯者でも,返済を3‐5回すると,ほとんどの患者が窃盗を止めます。

 

以上,治療成果の概略です。

 

[窃盗症治療のご予約について]

 平成27年より窃盗症治療の初診の受付を中止していましたが、この度、人数に制限がありますが再開することとなりました。(平成29年7月現在)

初診の予約ができるのは第2、4月曜日診察の松本医師と第1,3木曜日診察の村山医師です。

 

[竹村道夫医師による保険適用外家族相談について]

赤城高原ホスピタルの院長である竹村道夫医師(当クリニックの院長ではありません)が毎週金曜日に窃盗症の診療を行っておりますが、初診の予約はできません。

現在、保険診療外の自費診療で、特別相談外来を実施しています。これは窃盗症本人ではなく、ご家族や知人だけの相談になります。

保険診療外ですので、ご相談料54000円の自費となります。また、そのほかに資料代やプライベートメッセージ(回復途上の患者さまから体験談を聴くプログラム)代などで5000~10000円程度が必要です。家族相談をされる方は予約をした日の朝10時までに受付をしていただきます。また、終わりの時間がわかりませんので少なくとも17時までは時間を空けていただくようお願いいたします。

この形式の家族相談から治療につながった患者様自身は、次回からは竹村道夫医師の診察を受けられます。その際は通常の保険診療が適応されます。

キャンセル待ちも承っておりますので診療希望の方は一度電話にてご相談ください。

 

[チェックリスト]

初診で来院の際、以下のようなチェックリストにご記入をいただきます。該当するチェックリストを事前に印刷して、予約当日にご持参いただいても結構です。

 

①窃盗症(クレプトマニア)のチェックリスト

 pdf チェックリスト-クレプトマニアA4.pdf (0.2MB)

②摂食障害チェックリスト(該当する方のみ)

pdf チェックリスト-摂食障害A4.pdf (0.21MB)

 

金曜日担当医、竹村道夫監修の窃盗癖関連単行本が平成25年4月2日に発刊になりました。
精神障害としての「窃盗癖」について正面から取り上げた、本邦初めての書籍です。

413DkpLodNL.jpg
詳しくは、【窃盗癖単行本、竹村道夫監修の紹介】ページをご覧ください。
( 
http://www2.wind.ne.jp/Akagi-kohgen-HP/Kleptomania_singlevolumebook.html )

彼女たちはなぜ万引きがやめられないのか?
窃盗癖という病 飛鳥新社出版 1728円